じんじんする日々

気をつけているつもりでも、その「つもり」が及ばないところで、じんじんは日常的に生産されてしまう

【内田樹】トクヴィルに向けて書いたアメリカ論

『街場のアメリカ論』内田樹(文春文庫)

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目次*1

アメリカに住むことになり、なにか興味のとっかかりを得られないかと思い、サンフランシスコの紀伊国屋でこの本を手にしました。

「ファーストフード」「シリアルキラー」「肥満問題」などの現代的問題を扱いつつ、19世紀フランスの思想家アレクシス・ド・トクヴィルを背骨に持ってきているのが特徴的です。1831年から半年間かけてアメリカをまわり、1835年に大著『アメリカにおけるデモクラシーについて』を発表。180年前、トクヴィルが30歳のときに書いた著作ですが、いまなおアメリカを考えるときに欠かせない重要文献であり続けています。すごい。

以下、内田氏が引用したトクヴィルの言葉を中心に、本書のハイライトを形成してみます。

「個人よりも多数の集合に開明と英知とがあり、その意味で、立法者の数がその選択(の結果)よりも重要だと考える」(p.117)

『独立宣言』にも表れているように、アメリカはイギリスからの支配を脱して、新しく「理想の国」を設計してスタートした国です。そこでは、「性悪説」の上に官僚制度が作られていて(日本は性善説)、間違った統治者が選出されても破局的な事態にならないように制度化されています。これは、「少数の賢者が支配するシステム」ではなく、「多数の愚者が支配するシステム」を選んだということです。

「アメリカの人々には隣国がない。その結果、大きな戦争も、財政的な危機もなく、侵略や征服を恐れることもない。……人民の精神に軍事的栄光が及ぼす信じえないほど強い影響を、どうして否定しえよう」(p.109)

アメリカは歴史のない国だったので、他国以上に戦争の物語化に情熱を傾けました。そのため、統治者には伝説化した軍功の持ち主を選ぶようになり、他方では、自国の戦争被害を過大評価し、自国民の死者のためには必ず報復に出るという傾向を持つようになりました。また、過去の成功体験から、戦争をしないことより戦争に勝つことのほうが、同盟国を増やすには効率的であると考えている節があります。

アメリカの聖職者の達観:「政治的な力を得たいと思うなら、宗教的な影響力は断念しなければならぬと悟って、権力と運命を共にするより、権力の支持をうけないほうがよい」(p.225)

大統領はこれまでプロテスタントとカトリックに限られているし、裁判では『聖書』に手を置いて宣誓することが義務づけられているなど、アメリカはとても宗教的な国です。アメリカはそもそも、英国国教会の弾圧を逃れて「新しいイスラエル」を築くという宗教的動機によって建設されたので、その出自を考えれば当然とも言えますが、トクヴィルは、アメリカ社会が(過剰なまでに)宗教的であり続けるのは「アメリカが完全な政教分離を果たしている」からだと考えました。宗教が特定の政治勢力と結ぶことを止め、すべての政治勢力に等しく祝福を贈ることで、その霊的威信の保証人の座を永続的に保持していると考えたのです。

   *   *   *

内田センセイの文章は、軽快で読みやすく、内容も多角的で信頼のおけるものでしたが、最初から本のタイトルが示していたように、ここで論じられているのは外から見たアメリカでした。「そうそう、なるほど」と随所で得心し、アメリカに対する理解は深まったのですが、これじゃ「アメリカに住みたい!」とは思えないし、楽しんで生きていくための役には立ちそうにない。そういうわけで、すごく役に立ったわけです。どうやら、今のぼくに必要なのは、内側の一点から立ち上げていくようなアメリカ像のようだ、と。

 

街場のアメリカ論 (文春文庫)

街場のアメリカ論 (文春文庫)

 

 

アメリカのデモクラシー (第1巻上) (岩波文庫)

アメリカのデモクラシー (第1巻上) (岩波文庫)

 

 

*1:☆ まえがき 自立と依存

第1章 歴史学と系譜学ーー日米関係の話
第2章 ジャンクで何か問題でも?ーーファースト・フード
第3章 哀しみのスーパースターーーアメリカン・コミック
第4章 上が変でも大丈夫ーーアメリカの統治システム
第5章 成功の蹉跌ーー戦争経験の話
第6章 子供嫌いの文化ーー児童虐待の話
第7章 コピーキャッツーーシリアル・キラーの話
第8章 アメリカン・ボディーーアメリカ人の身体と性
第9章 福音の呪いーーキリスト教の話
第10章 メンバーズ・オンリーーー社会関係資本の話
第11章 涙の訴訟社会ーー裁判の話
☆ あとがき/文庫本のためのあとがき/註/解説 町山智浩