じんじんする日々

気をつけているつもりでも、その「つもり」が及ばないところで、じんじんは日常的に生産されてしまう

機内トラブル発生!「みなさまに降機していただくことに…」

フロリダ州タンパ発、カリフォルニア州サンディエゴ着の機内にて、乗客とCAの間でちょっとした揉め事が起こった。

一日に一便しかないサンディエゴ直行便は、夏休みの終了直前の土曜日ということもあって超満員。指定席のない早い者勝ちシステムを採用している格安航空会社の係員は、最後数人の乗客のための空席を見つけようと、真ん中の通路を行ったり来たり、躍起になって探していた。

あとひとり分の座席が見つかればいい、というところで、前から6列目に座っていた赤いジャケットを着た黒人女性の隣の席がひとつ空いているのを発見。担当の黒人男性CAは、ようやく出発準備への目処がたったという安堵とともに、その女性に「そちらの座席にはどなたか座っておられますか?」と確認した。乗客の女性は50代半ば、男性CAは30代前半というところ。

赤ジャケットの女性は「この席は私が使用しています」という。

男性CAは乗車率100%の状況で、素っ頓狂なことを言う彼女の独善的な態度に少しムッとして、「失礼ですが、あなたはその通路側の席を使用されていますよね。現在、機内はたいへん混み合っておりますので、一人のお客様がふたつの席を利用するということはできません。真ん中か通路側、どちらか一方の座席を空けてください」と頼んだ。

女性は「そうはいっても私は障害者で、座席がふたつ分必要です」という。「ちゃんと座席を購入したんだから、私にはふたつの座席を利用する権利があるはずです」

しかし、乗車率100%で、ほかには座席がひとつも空いていない。一番最後に乗車してきたビジネスマン風の白人男性が男性CAの後ろで、ことの成り行きを見守っている。

男性CAは、「今日は座席がひとつも余っていないのです。その真ん中の席を空けていただかないと、飛行機が出発できません」と伝えた。

言葉には気をつけていたつもりだったが、嫌気が態度に出ていたらしい。赤ジャケットの女性が「なんですか、そのやり方は! おかしいじゃないですか!」といって激昂した。

「私はね、あなた方の飛行機に乗るのはこれが初めてなんです。そして今、とても不愉快な思いをしています」と声を荒げた。

男性CAは、「あなたは今、とても興奮されていますので、声を静めてください」と諭す。

が、「ええ。私は今、とても興奮していますよ。航空会社の対応がまずくて、とても不愉快な思いをしていますからね!」と女性をますます怒らせてしまった。「あなたじゃ話になりません。あなたの上司を呼んできなさい」という。

CA仲間が助けに入って、再度事情を説明。しかし、一向に聞き入れてもらえないため、最後の手段に出ることを検討する。

「私どもの再三の要請に応じていただけないようなので、あなたにはこの機から降りていただかなければなりません」

しかし、赤ジャケットの女性は応じない。出発予定時刻はとうに過ぎていた。CAたちはあれこれ試しているのだが、その女性は同じ主張を大きな声で繰り返すばかり。

「これは私にとってあなたたちの会社での初めてのフライトですよ。とても不快だ。私は障害者なんですよ。証明するものを見せましょうか?」などと機内全体に響き渡る大声で言っている。

仕方がない。

まず、機内アナウンスで、「乗客の皆様、大変申し訳ございません。ただいま機内トラブルが発生しておりまして、出発が予定時刻より大幅に遅れております。また万が一、トラブルが速やかに解決しない場合、みなさまに降機していただくことになる可能性がございます。重ねてお詫び申し上げます」と通知。

その後も彼女の様子が変わらないのをみて、赤ジャケットの女性以外の乗客を、前から順々に降機させはじめる。

他の乗客は、トラブルを起こしている黒人の乗客が、強制的に引きずり下ろされるというちょっと前にYouTubeで見たような顛末にはならなさそうなので、ホッと一安心していた。しかし、その代替案が、彼女以外の全員の降機というまったく理不尽なものであり、しかもその非現実的と思われた策が実行に移されたのを見て、「なんだよそれ!」「おかしいじゃないか!」と口々に不満をあらわにしはじめた。

それを見た赤ジャケットの女性が「アホか、なんだそのやり方は。お前らのやっていることは間違っているぞ。まったく理にかなっていない」。まだ怒気が含まれた声だが、いくぶんか落ち着きを取り戻したようで、「それなら私が降機する。それでいいのか。満足か? そうしたら飛行機が飛ぶんだろう?」といった。

「私を排除したら丸く収まるのだろうけどな、そもそもお前らの失態なんだからな!」

そう言葉を残し、赤ジャケットの女性は飛行機を降りた。そして続けて、一度外に出て待機していた一部の乗客が戻ってきて、全員が座席に落ち着いたところで、飛行機は出発準備に入った。

 

   *  *  *

 

特に状況説明のアナウンスはなく、俺の座席は離れていたので、詳細は不明だ。

赤ジャケットの女性は、2座席分のチケットを持っていたという噂があった。「だから、彼女の言っていることも十分に理解できたよ」と。

それが本当なら、あの顛末は、彼女にとって、最低最悪のフライト体験である。

そして俺は、こんな思考実験をする。

ということは、だ。たとえば、旅先でパートナーが急逝してしまい、隣席に彼や彼女の形見の品を置いて、生前の約束を果たそうとしていたとしても、同じような事態になっていたのだろうか? 

2人分のチケットを持っていても、当日の座席稼働率が優先されるというのであれば。