じんじんする日々

気をつけているつもりでも、その「つもり」が及ばないところで、じんじんは日常的に生産されてしまう

センシティブな「深夜高速」、「三文銭」、そして隣人との諍い

なんだ、この焦燥感は。

四十を手前にして、私の青春の最後の息の音なのかもしれません。

今度、日本に帰ったときに20年前の友人に会う約束になっているので、その年代の記憶があれこれと蘇っているからでしょうか。

なんか、怖いだとか、不安な気持ちになっております。

原因は特定できていません。

フラカンの「深夜高速」とか、MOROHAの「三文銭」なんかを聴いていたからかもしれないし、近所の住人とのちょっとした諍いが引っかかっているからかもしれません。

 


高橋優 深夜高速

▲最近はじめて知りました。高橋優さん。によるカヴァー。

 


MOROHA「三文銭」MV

▲MOROHAの正面玄関として最適なMV。

 

今日は、昨日の日記にも書いたように、義理の両親が泊まりに来ていて、朝から義父とふたりで近くのホームセンターへ資材の買い出しに行き、手先の器用な義父が、日曜大工のロングバージョンとして、我が家に作り付けの書棚を作ってくれる約束になっているのですが、そのプロジェクトを始動させました。

といっても私は運転手兼あまり役に立たないアシスタントという立場ですが、義父は買い出しから始めてほぼ丸一日大工仕事に取り組んでくれました。

明日は、サンクスギビングデーなのでお休みで、翌日からまた再開する予定になっています。

隣人との諍いというのは、騒音問題のことで、大工仕事で生じるノイズに文句がついたのでした。もともと顔見知りの人なんですが、私は個人的にはあまり好意を持っていない人で、そんなのは私のほうの性格の問題なので、まぁよくあることなんですが、窓口になっているのが妻なので、つっけんどんなテキストを送ってよこしていることが気にくわないのです。

しかし相手がものごっつい圧力高めの人間なので、正面衝突した場合にどう対応したものか、シミュレートしてみた限り、私の声が震え、言いたいことが言えず、手を出したところで分が悪く、なんとも嬉しくない映像しか思い描けなかったのです。そんなことって珍しいのですが、そんなの関係あるかい、文句つけてやるとうそぶいてひとまず自家用シミュレータを終了させたというわけでした。

まぁもともと、他人に迷惑をかけるのが嫌いなんですが、向こう3〜4日間、それは避けられないプランになっているので、それを嫌がる、それを怖れる気持ちになっているのかもしれません。

そうしたら、青春のどうとかは、まったく関係ないわけですが、怖いだ不安だという気持ちの色合いが似ているので、少し混ざったのだと思います。

青春という名前にしたら、四十になってまだ卒業しきれていないことを青臭く感じてしまうと思うのですが、私の言っているのは歳をとったから卒業しなくちゃいけないというようなそういうもののことではなくて、自分の中の未熟さ、周辺を社会的技術で補強したとしてもウブなまま、弱いまま、だからセンシティブなままあれているところを指しているのです。

だから今日は、どういう形にせよ、そういう部分にまた触れられたものだらか、もしかするとそれを失ってしまわないうちに、どのようにか発露させてやらなければならないという焦りを感じたのだったかもしれません。

いつか、こういうことをやれなくなってしまう。そういう経験はもうそれなりに積んできている年齢でもあるので。